お坊さんが語る厄落としの話

  • 2017.02.25 Saturday
  • 15:20

JUGEMテーマ:幸福に生きる

 

最近、七五三や出産、厄落としをしてくれないか?

 

と同級生に言われます。

 

できないことはないのですが、それを売りにしてるお寺のほうが

 

お土産も(お守りとかお札)もらえたり

 

お布施の金額も(うちは総代会議で決まりました)お安く終わることができるので

 

あまり首を縦に振らない私です。

 

特に厄落としは絶対にやるなと先代からの教えなので

 

絶対にひきうけはしません。

 

厄落としをするということは、そこに厄が落ちるということです。

 

お寺の内情を知ってるので言えるのですが

 

正直、厄落としの大きなお寺というのはそれなりなことが起こっています。

 

例えば兄弟、家族仲が悪かったり、離婚になったり、

 

行きつく果てには一族間で自殺者が何人も出たり。

 

これを見るとやはり

 

厄ってのはあるんだな

 

と実感します。

 

これは無の思想ではないと言われそうですが

 

厄っぽい現実を見ると否定しようがありません。

 

私は瞑想が好きです。と言っても腰痛持ちなので20分ぐらいの瞑想を

 

一日3回ぐらい。

 

その時に身体は入れ物のようなイメージをすると

 

身体の中の自分の意識が左回りに高速回転しだします。

 

おおよそ、これの次の段階がいわゆるコスモとの瑜伽であり

 

瞑想が瑜伽行になるんだなと思います。

 

いわゆる大日如来との融合の実感はエネルギー体でしか無理であり

 

常にこの瑜伽の状態であるのなら、それこそ空海、弘法大師が言っている

 

即身成仏の・・・・

 

おっとマニアックな話になりましたね。

 

話を戻すと

 

魂は存在する

 

と言いたいわけでそこにスピリチュアルな要素は出てきます。

 

そして厄というエネルギーのスピリチュアルな要素もないとは言い切れなくなります。

 

なので厄は払いに行くべきですね。

人間、こういう生活をしてたら意識せずともほかの生物の生死与奪を繰り返してるもので

 

ございます。

 

どうせなら厄おとしでよかったよかったで終わるんではなく

 

厄がつくということに対しての懺悔というのもした方がよろしいのでは?

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